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インタビュー INTERVIEW

  • 2008年
  • 2007年

1 久保 穣外野手2008年2月8日インタビュー

「自分の打撃フォームを確立できなかった」と昨シーズンを振り返る久保穣選手。今シーズンは、昨年の反省を生かしながら、泥臭さを追い求めて戦うつもりだ。

久保 穣

--昨シーズンを振り返っていかがですか?

個人的には、苦しいシーズンとなりました。

--調子が上がらなかった最大の要因は?

「自分はこれでいく」という形、気持ちが定まらなかったと思います。すべてがあやふやな状態というか……。自分の打撃フォームを確立できなかったことは反省点でした。相手と戦わずに、自分自身と戦っていたような気がします。

--昨シーズンの結果を踏まえて、今シーズン、久保選手がこだわる部分は?

打撃面では打点です。昨シーズンも打点を一番意識していましたが、まったくダメだったので……。まずは、長打を考えるのではなく、よりシンプルに、あまり考え過ぎずに自分の形を確立したい。その上で、いかにチームに貢献できるかを考えていきたいと思います。早い段階で「自分はこれで勝負する」というものを見つけて、それにこだわってプレーし続けたいと思います。また、昨年のある時、佐藤(俊和)さんにこう言われたことがありました。「何でもっと泥臭くやらないの」。それまであまり意識していなかったことだったので、正直答えにつまってしまった。バッティングでは、たとえ追い込まれてもずっとバットを長く持っていました。でも、佐藤さんは追い込まれたら必ずバットを短く持って右方向へ打ったり、状況を考えて出塁する為に泥臭くプレーする。そんな姿勢を見て、言葉をかけられて初めて、バットを長く持っていたことが逆に格好悪く思えました。変なプライドだったのでしょうか。そんな中、昨年の最終戦での千葉市長杯で追い込まれた時にバットを短く持って結果を出すことができました。佐藤さんのあのひと言で変われた気がします。今シーズンは、「泥臭くプレーする」事を忘れずに「何がなんでもヒットを打つ!」という気持ちを大事にやっていきたいと思います。

--神奈川県横浜市出身の久保選手。最後にご当地自慢をお願いします!

大学時代のオフシーズンによく行っていた『みなとみらい』です。海が綺麗で、特に夜の雰囲気は最高です。食事処なら、やっぱり『中華街』です!

2008.02.08

10 久保 穣選手2007年インタビュー

チームで1・2を争う強打の持ち主として、2006年シーズン途中からは4番を務めた久保穣選手。2007年もその打棒でチームを勝利に導く久保選手のインタビューです。

久保 穣

===さまざまなポジションを経験===

--野球を始めたきっかけは?

小学校1年生のときに、遊びに行った公園で少年野球をやっていて、ちょっと混ぜてもらったんです。そうしたら「君もチームに入りなよ」と誘われて、本格的に始めることになりました。中学も部活で軟式をやっていました。

--そして、地元神奈川の桐蔭学園高校に入学。戦績は?

私の2学年上の代は甲子園出場を果たしましたが、私たちの代は地方予選のベスト4で横浜高校と対戦し負けてしまいました。今でもそうですが、横浜高校は強敵です。※桐蔭学園高校は2000年以降夏の甲子園予選(神奈川県大会)で横浜高校と4回対戦し全敗、甲子園への道を阻まれ続けている。

--大学は首都大学リーグ(※1)一部の日本体育大学に進学。大学ではいつ頃から試合に出始めましたか?

2年生のときから試合には出始めていましたが、レギュラーとして固定されたのは3年生からです。

--ポジション的には学生時代はずっとキャッチャーだったのでしょうか?

私はキャッチャーだけでなく、色々なポジションを経験しました。中学三年間はキャッチャー一筋だったのですが、高校に入ると最初はサード、2年生になったらショートになって。それから、2年生の冬には左打ちに挑戦。3年生ではショートで左打者でしたね。大学は1年生まで左で打っていたんですが、2年生の冬からはまた右打ちに戻って・・・。

--そんなにいろいろ変えられるものなんですか?

監督が変わるたびにいろいろ変えられていましたね(笑)。そして、大学3年生の春にキャッチャーに戻って、それからはずっと右打ちのキャッチャーでした。

--そこまで変えられるのも珍しいですよね。もう左打ちには挑戦しないんですか?

今はもう右打ちに専念するつもりです。自分的には(左打ちは)無いと思っているので・・・。

--でも、大学時代には左打ちで首位打者を獲得した経験もあるんですよね。それでも?

ストレートは大丈夫なんですが、変化球には対応できないんですよ。パワーも右の方がありますし。

--そしてセガサミー野球部でもキャッチャーから内野手に転向となりました。

入部当時から監督やコーチの間で意見が分かれていたらしいんです。一方は「バッティングを活かしてキャッチャーで」、もう一方は「キャッチャーは難しい」という見解で。それでも最初の頃はキャッチャーとして出場していたんですが、次第にやはりキャッチャーよりもバッティングを活かしてもっと力をつけていくという結論になりまして・・・。今は自分でも納得の上でファーストを守っています。

--ショートを守っていたほどですから、内野を守ることに関しては苦ではないのでは?

苦ではありません。ただ、ファーストは他の内野の守備位置とは逆の動きで、それは初めての経験でした。最初はちょっと戸惑いましたね。今は全く問題ないです。内野手からの送球はショートバウンドが多いので、チームのためにもしっかり捕球したいと思っています。ファースト以外のポジションでも「やれ」と言われれば対応できる自信はあります。

===4番の重圧と戦う===

久保 穣

--現在のお仕事について教えてください。

海浜幕張駅前のシネマコンプレックス「メッセ・アミューズ・モール」の一階にある「クラブセガ幕張」でスタッフとして働いています。手塚選手とも一緒です。仕事としては、お掃除、お客様への対応・・・やることはたくさんありますね。

--社会人になって意識の上で変わったことはありますか?

社会人として責任が大きくなったというのはもちろんですが、このお仕事に携わるようになって一番身についたのが挨拶に対する意識の変化ですね。今まで挨拶と いうのはただすればいいと思っていたのですが、お客様に「気持ちいい」と感じて頂けるような声のかけ方をしなければいけないと。ただ声が大きければいいと いうわけではなく、人の心に届くような声の出し方を意識するようになりました。

--それは野球にもつながることですね。さて、オフはどのようにして過ごしていますか?

城下や手塚と一緒にゴルフの打ちっぱなしに行ったり、ゲームをしたりしていますね。

--ストレス解消法は?

ストレスが溜まったら外に出て黙々とバットを振ります。最初はストレスが溜まったら、(お酒を)飲みに行こうとかカラオケに行こうか?などと考えていたんで すが、野球で溜まったストレスは結局野球でしか解消できない。だから、社会人になってからは外に出て素振りをするようにしています。

--昨年は4番に据わるようになってからちょっと悩んでいたのかなと思います。

そうですね。最初は6番だったので、気持ち的に楽でした。(青木)智さんや、城下、(高橋)佑輔が前にいるので、「打ってくれる」だろうと。そこから下位に 回る前に、"自分でランナーを返してやる"という気持ちでバッターボックスに入っていたのが、結果的に良かったのかもしれません。でも、後半戦から4番を任されるようになって、特に意識しているつもりはなかったのですが、4番という重圧にやられてしまって・・・。本来のバッティングができない時期もありま した。

--4番を任されるということはチャンスに強いという証明でもあると思います。

得点圏打率では負けたくないです。チャンスに強いというところは見てほしいです。

--打球の飛距離的にはチーム内では青木選手に次ぐのではないかという印象です。

初めの方は大きいのも出ていましたが、後半はそうでもなかったです。最初の方はホームランか三振か「ALL or NOTHING」という結果でしたが、今は大きいのを狙わずに率を残せる4番を目指しています。監督やコーチからもそのようにアドバイスを受けています。

久保 穣

===得点圏打率をアップしたい===

--昨年一年を振り返ると、どんな年でしたか?

長いようで短かったです。一番印象に残っているのは、何といっても都市対抗予選です・・・。第一代表決定戦まで行って出場できなかった情けなさ。しかも四回も他のチームの胴上げを見て・・・これは本当に悔しかったですね。

--学生時代にもそこまで悔しいと思った経験は無かったのでしょうか?

学生時代も勝ちたいという気持ちはもちろんありました。でも、チーム全体がそこまで熱くなっていたわけではなく、負けてもあっけらかんとした雰囲気でした。
高校でも大学でもそうですけど、絶対的に強いチームが他にあって、そこには負けてもしょうがないという空気があったんです。

--しかし、セガサミーというチームは違ったと。

チームが発足した当時は「あそこの誰々は凄い」「あそこのチームは強い」ってすぐに自分たちを下に見て、負けても「やっぱり強いな」で終わっていたんです。でも、JABA九州大会で優勝候補の三菱重工長崎や大阪ガスに勝った頃から「俺たちはやれる!」と思えるようになったんです。そして、どんなチームにも負けたら悔しくなっていって・・・。そんな中で都市対抗予選があの内容でしたからね。特に第三代表決定戦で明治安田生命に負けたときなんて・・・皆帰りのバスの中で沈んでました。この世の終わりのような雰囲気でしたから。あれは絶対に忘れられないですし、二度と経験したくないです。

--それはあったと思います。

今年は、その意識を変えていかなければいけないと思います。それから、これは長所でもあるのですが、皆仲が良すぎるんです。その分だけ「これを言ったら相手が傷つくんじゃないか」と考えてしまって。本当は言わなきゃいけないことを指摘し合えなくなっているというか。それは、今年僕が率先して言っていこうと思っています。去年はそういう部分で佐藤キャプテンに頼りっぱなしでしたから。

--久保選手は大学時代もキャプテンだったんですよね。では、その難しさっていうのも分かっているわけですね。

いや、大学と社会人では全然違うので・・・。大学時代はキャッチャーだったので、グラウンドを見渡して気合が入っていない選手には怒ることで気合を入れていたんですが、佐藤キャプテンは一切そういうことをしないんです。集まってもあまり怒らずに、ポイントを指摘して「よし行こう!」って盛り上げてくれる。それを見たときに社会人のキャプテンはやはり大人だなと。しかも、自分の技術に自信があって、プライドが高い選手ばかりなので、チームをまとめるのは大学生 よりも難しいと思います。

--打撃面では今年はどこに目標を設定しますか?

個人的には3割以上打つのはもちろんで、得点圏の打率をもっと高くしたいです。あとは、盗塁を増やしたいですね。昨シーズンは9個だったんですけど、二桁にしたいと思っています。

久保 穣

--チームとしては?

心理面でもうひとつ何かが変われば本当に強くなると思います。本当の意味でチームが一つになれるようにしていきたいです。そのためにはベンチにいる人も試合 に出ている人も、どうやれば皆がプレーしやすくなるのか、考えていかなければならないと思います。それができれば自然と都市対抗にも出場できると思いま す。

--最後に、ファンに向けてのメッセージをお願いします。

今年は勝負の年。「勝つ野球」をテーマにやっていきます。「勝つ」ための準備を尽くし、万全の状態でシーズンに臨みたいです。一点差でも何でもいいんで必ず勝って、皆さんを東京ドームに連れて行きます。応援よろしくお願いします!

※1 首都大学リーグ とは
一部:東海大学、筑波大学、日本体育大学、城西大学、武蔵大学、帝京大学
二部:大東文化大学、獨協大学、明治学院大学、東京経済大学、明星大学、玉川大学、成城大学、創造学園大学
計14校から成り立つリーグ。2006年秋季リーグ戦は筑波大学が優勝。

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